本番があるから1000本ノックが出来る。
でも、本番のない練習は
どんどんやる気もなくなり、そして自分の出来なかったことやダメなところに目がいくようになる。
そのうち、練習にさえ行きたくなくなる。
本番がない練習ほど、
辛くて悩むのもしんどいことはないのだ。
—
これを別の方向で考えてみよう。
標的の定まらない矢を射ることは出来ない。
また、標的のない矢を射ろうと思ってもきっと手が動かないだろう。
だから、
弓をひっぱったまんま動けずに
どんどん疲れる。
引っ張っては戻し、
引っ張っては戻し、
やがて
弓そのものを手にすることも嫌になる。
—
がんばらないでいいよ、と
そんなメッセージを伝えたいと思うことはあるのだけど、
言葉にするとどうもしっくりこない。
わたしの人生はがんばっているから輝いているし、
がんばったから今があることもたくさんある。
でも、それと同じだけ
がんばらなかったから幸せを手にしたことも、
がんばらなかったから今があることまたくさん。
こればかりは、
とにかく「がんばるコツとポイント」を
自分で見出すしかないのだ。
—
幸せになるために頑張ることも悪くない。
でも、もしその幸せが
自分の求めていない本番だったら?
立ちたくない舞台だったら?
豊かになるために頑張ることももちろんときには必要。
でも、その見えている豊かさが
心の的を得ていなかったら?
そりゃあ、標的が見えなくなって
一生懸命チカラ入れても疲れるだけよね。
—
もちろんね、
本番なんていらない。
標的もいらない。
そんなの、はじめから用意されていないんだ。
でも、
自分にとって、
ここに立ちたい!
この本番をむかえたい!
この的を射たい!
そう思えるものがあるなら?
そりゃ、
練習するよね。
そして、それが楽しい。
—
がんばることがいいのでも悪いのでもなく、
自分の心が満ちる方向へ、
それらのチカラが向いているのか?
そんなことを意識、していたいですよね。
—
今日はこんなところに来ました。
とても楽しみ。
財布を忘れて陽気なサザエさん~♪
をまたやってしまったけども、
お金なくても生きていけるかもと
本気で思っている陽気なハタさんでした。