生きることは湧くことだ、と呟いたことがある。
何も湧いてこないと、生きている実感がしない。
すっからかんになった心に
しばらく何も湧いてこないと人は
外側から何か一生懸命、取り込もうとするのだろう。
タバコをすう人もいれば、
ごはんを食べる、という人もいる。
私の場合、それは「かく」という行為に繋がる。
だから、言葉がでてこないと
死んだように生きている感じになる。
何も、自分の中にはないような気がして、
何も自分の中に、残せるものがない気がして。
でも、そういうときほど、
じっと空っぽの自分を感じてみようとする。
無理に何かが湧くことはない。
すっからかんな自分を感じて
輪郭をすこしずつ撫でていく。
ほんとうは、最初っから何もないのかもしれなくて
空虚な生き物なのかもしれなくって、
それはそれでいい、と言ってみるものの。
やっぱり、湧いてくるまでひたすら身体を維持しながら待ってみる。
決して迎えにはこない
遠いどこかにいる大切な人の到着を待つみたいで
はげしく、切ない。
さみしい、とは
そういうものなんじゃないかなって
ちょっと無理矢理自分を説得してみる。
あまり効果は、ない。
だから、とにかく、すっからかんのまま
湧くことをひたすら待つ。
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最近、ブログがずっと書けなくてすみません!!!
(と、誰に謝る・・・)
ちょっと今、調整期間中でして。
メルマガをバンバン書けそうな予感がするのですが、
ブログの更新が停滞する予定…。
ブログよりがっつり系にはなりますが、
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…わたしの復活をいのる!