何をする?生活なのかじゃなくて
何をしない生活なのか。
足し算ではなく、引き算で考えていくと、
心にも暮らしにも余裕ができます。
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そうそう、お知らせしていませんでしたが、
明日、こちらの本が発売になります!!
感情についてがっつり書いた本です。
女性のため、としていますが内容は基本的に誰にでも関係がある
感情とのおつきあいのはなし。
『本屋さんキャンペーン』をしますので、
本屋さんで購入し、レシートを必ず取っておいてくださいね!!
で、この本にも書いたのだけど、
『幸福感』というものは、心のスペースが空いていないと感じられません。
逆に、
おなかいっぱいにご飯を食べたときのように、
満腹感、つまりたくさん詰まっている感というのは
わたしたちに「一時の安心感」
を与えてくれます。
本当の「ある」が持つ豊かさを味わうためには、
「ない」空間を用意して、そこに「ある」を味わう必要がある。
つまり、
スペースなくして、わたしたちの幸福感は
感じる余裕もなければ、見つけることもできないまま
埋もれてしまう、ということなのです。
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大切なものって、ごちゃごちゃしたところに
おいておきませんよね?
額に入れて飾ったり、
ちゃんと仕舞ったり、
大切なプレゼントって、ぎゅうぎゅう詰にしないじゃないですか。
それと同じ。
大切にしたいなら、「間(ま)」が必要だということです。
しかし、現代はこの「間(ま)」を持つことが苦手です。
ちょっとしたことがあれば、
空いた隙間になんでもかんでも詰めたがる。
(まぁ、わたしもその癖はありますが。)
だから、大切なのは
「何をするか」よりも「何をしないか」を意識した生活だということなのです。
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わたしがこの私ごとをするようになって、
「わからない」という間(ま)を大切にするようになりました。
何かがわからないとき、
わからない、というスペースを大切にします。
すぐにそこに解決策を放り込まない。
すぐにそこにインスタントなものを放り込まない。
不思議ですが、
「ごはんをいっぱい食べている瞬間」よりも
「おなかすいたなぁ」と感じたときの幸福感の方が高いように、
「わかった」瞬間よりも
「わからないなぁ」という瞬間のほうが
嬉しくもあったり、する。
これはサガなのでしょうが、世の中にわからないことがあればあるほど、
まだまだたくさん知れることがある、という
「ない」と「ある」が同時に存在することがわかるのです。
いいなぁ、そういうのって、いいよなぁ、と思ったり。
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今日は「何をしない」日を過ごしましたか?
まだ今日は半分くらい残っています。
今日これから、
「何をしない」日を過ごしますか?
そして、
それをしないことで得た「間(ま)」を
あなたはどう味わうことにしましょうか。
(^^)