わかっているけど行動できない。
やろうと思っても動けない。
失敗が怖くてなかなか一歩が踏み出せない・・・
そんな声はよく聞きますが、
いっつも思うことがあるので、今日はぶっちゃけていいでしょうか?
(いつものことですが。)
叶えたい夢がある。
本当の気持ちがある。
・・・としましょう。
「叶えたいわたし」のためではなく
「その気持ち」「本音」「こころ」のために、
どこまでその気持ちを叶えてあげたい!と思えるかって
とても大切なんです。
例えば、
「アイドルになりたい」と思っていたとしましょう。
「アイドルになりたいわたし」のためにじゃなくて、
「アイドルになりたい」という気持ちのために、
と切り替えてみるってことなんです。
ちょっとわかりにくいでしょうか?
簡単にいうなら、
思い、気持ち、感情、本音、
それらを大切な「人」として扱ってみようよ、ってこと。
—
今、わたしには新しいヴィジョンがあります。
寝ても覚めてもそれのことばかり考えています。
(夢にまで見るくらい。笑)
わたしは、わたしのために
そのヴィジョンを達成しようとするのではありません。
わたしは、その「ヴィジョン」のために、
行動し、考え、そして実行してみようと思うのです。
いつもそうなんです。
先に未来が見えてしまうタイプなので、
見えた未来が
「ね!ね!いいでしょ!叶えて~♪」と語りかけてくる。
調子にのりやがって、
他のことが手につかねぇじゃねーか!!
ヾ(。`Д´。)ノ
となるのは、人間ハタユカですが。
でも、動いちゃうんです。
素敵な未来を見せられたら、そりゃもう、動くしかない。
イメージとしては、
肉体を持たない何かからイメージによる指示がきて、
「しょうがないなぁ、わたしちょうど肉体持ってるし、いっちょやってやるか」
という感じで。
そういう風にしているとですね、
叶えたくないイメージが降りてきた時は、
やはり丁重にお断りするんですよね。
つまり、叶えようとすることは、自分で選ぶ、ってこと。
だって、素敵なヴィジョンが見えたんだもの。
素敵な未来がとつぜん、頭の中にやってきたんだもの。
それはまるで、突然出会ってしまった素敵なパートナーのように。
その想いや未来イメージやヴィジョン「そのもの」が
もはや一人の人間のような存在なんですよね。
—
別の表現でいうなら、
仕事のために仕事する、って感じでもあります。
自分が書いたこと、
やったこと、
考えたこと、
そして仕事を通して作り上げた世界のために!
わたしはお金を稼ぎたいし、
もっといろんな人に届けたいと思うし、
それを愛しているからこそ、
もっと価値があるものだと
みんなに認めてほしい。
「すばらしい仕事」あるいは
「仕事によってうまれたすばらしい作品」
のために、
わたしは仕事をしているわけです。
だから集客の話をするときはよく、
「お客さんを集める方法」よりも
「自分の仕事をまず徹底的に愛せ!」と伝えています。
自分の仕事、仕事によってうまれた様々なもの、ことば、メッセージ、サービス、商品・・
それらを愛する努力が、ビジネスを磨くってことだと思っているのです。
自信満々のものには人は集まる。
やりたくてしょうがないことをやっている人は
ものすごい吸引力と説得力がある。
こどもがつくった愛すべき傑作たちは、
欠点だらけであっても、目を離せない何かがある。
お客さんだってバカじゃないから、
キラリと光るものには寄っていくわけです。
だから相手によってきてもらいたいなら、
まずは震源地のような、光の発信源のような、
そんな
「自分の仕事」の光具合から、やっていけばいいわけで。
(というか、それしかしなければいいわけで。)
これはいわゆる「自分磨き」とはちょっと、違うんですよね。
仕事って飽きるし、
同じことばかりだと、慣れてしまって磨きがかからなくなるし、
「好き」の度合いも下がっていく。
ずっと仕事を好きだ!って言い続ける工夫が必要。
その工夫こそが、仕事を楽しくしてくれるものです。
—
話を戻します。
わたしが叶えたい夢や願望や本音のために動けるのはなぜか?と言うと、
あまりそこに「個」がないからなんですよね。
わたしはわたしのためにビジネスをするのではなく
わたしを通してうまれた仕事やうまれた絆、ご縁、そして発見を
すばらしいと想い、
尊敬しているから。
だから、それらのために、わたしは動いているわけです。
—
実際に肉体を持たないものを人間だと思うことは難しいかもしれません。
しかし、すべてのものは「いきている」のです。
仕事によってうまれた作品も、
作業によってうまれた一つの資料だって、
パソコンに入力した文字だってなんだって、
すべては生きているもの、つまり人間と変わりありません。
あくまでもこれはわたしの感覚です。
でも、そのような気持ちで仕事をすることはできます。
例えば何か講座をするときに、
わたしはその講座のイメージやヴィジョンに語りかけます。
まるで生きている者のように。
その講座には意志があるように。
あなたはどんな場所でやりたい?(場所が決まりますよね。)
あなたはどんなくらいの人数とやりたい?(人数が決まります。)
あなたはどのように表現されたい?(告知の方法が変わりますよね。)
あなたはどのくらいの価値を感じてほしい?(料金設定が変わります。)
こうやって、未来の講座と会話しながら、
微調整しながら決定していきます。
「はたゆか」の意志だけではなく、
「はたゆか」と「はたゆかの中にうまれた講座」との間にやりとりがあるのです。
かなり、変な感じでしょうか?笑
これを
ハンドメイドの作品に置き換えて考えてみると分かりやすいでしょうね。
器やアクセサリーだって、生きものです。
それらにはそれらの意志があります。
同じように、
過去、
未来、
にも意志があり、これらも「いきもの」として扱ってみてください。
もう思い出したくない過去があるなら、
それらを人間だと思って会話してみる。
「あなたはわたしにどんなことを伝えたがっているの?」
未来だっていきものですから、
「あなたは、今のわたしにどんなことをしてほしいと思っている?」
と。
そうやって問いかけたら、
未来のイメージから、次第に今の自分への声が届くようになります。
—-
すべてのものと会話するようにしてみてください。
すべてのもの、それは形があってもなくても、
つかめてもつかめなくても、いいのです。
すべて、意志を持った生きとし生けるものだとして扱ったときに、
自分の中にうまれた想いを
「わたしがこの想い、叶えてあげたい!!」と
思えるようになるかもしれません。
そうすると、実は動きやすい。
ほどよく「個」から抜けてみること。
そうすると、実はものすごく生きやすいのです。
—
余談ですが、
「わたしの気持ちは?」
「わたしの考えていることは?」
「わたしに向いていることは?」
と、
「わたし、わたし、わたしわたしわたしわたs・・・」
となっているときってしんどいんですよね。
そういうときは、一旦「わたし」から抜けてみて、
「今日という日は、なんと言っているだろう?」
「明日という日は、どんな感じだろう?」
「今という時は、どんな時だろう?」
と切り替えてみてください。
個、から抜けると、
あらゆる幻想や思い込みや感情から解放されるのです。
(とはいえ、個から抜け過ぎてもしんどいので、
ほどよい塩梅が必要です。)
潜在意識をワークで楽しく学んでもらう
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「個」から抜ける話を様々なワークでお伝えしています。
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足を運んでみてくださいね。
(あ、この本で書いていることも同じことだわ。)